2016年 12月 30日

人生初の…

一昨日、世間は仕事納めという日に思い立ち、波乗りをしに湘南へ。
ネットで観た虹色の沿岸波浪が気になったのだ。水面がざわつくほどの強烈なオフショアだが
すっきりと抜けた冬型の青空と真っ白な富士山を望めてまずは来てよかった。
でも、いるだけで寒いのに海に入ったら一体どうなってしまうのだろう?一眼のカメラを取り出し富士山などをしばし撮影する。意を決してサーフ開始。今日はカメラを持って入ってみよう。そうすれば寒さも忘れるというものだ。オリンパスの防水カメラ、スタイラスTG4。このカメラを購入したのは防水であるというのもあるが、顕微鏡モードとタイムラグの短さが決め手だった。実は買って一年近くが経とうとしているのに、海の中に入れるのは初めてなんじゃないだろうか?何だか海の底に消えて行っていってしまうような嫌な予感がするのでストラップをウェットのジッパーの紐にしっかりと結んだ。(でも水の力って思っている以上だから、これだけでも心配だったんだが…)河口から流れ込む水は素足を後悔させたが、しばらくすると海水はそこまでは冷たくないということに気がついた。ストラップを袈裟懸けにしてゲッティングアウト。背中に乗り切らないカメラがボードにコツンコツンと当たるのが気になるが、次々と迫り来るセットを乗り越えるのには、腕はグルグルまわし続けるしかない。やっとこさ沖に出れたのでようやく、水のなかに浮かぶマウントフジを撮るぞとカメラに目をやると、信じたくないがカメラの側面のマイクロUSBのフタが開いているではないか!!!!ダブルロックとか全然効いてないじゃん!!とりあえず、フタを閉める。(今開いたところなんだ!海水なんかに浸かっていない!)撮れるかどうか確かめてみよう…いやダメだ。すぐにクルマに戻ろう。後ろも見ず浜まで一直線に一心不乱にパドルするとスープ波が味方してくれて一瞬で帰れた。浜に上がると吹きすさぶ風が体温を容赦なく奪っていくがカメラのことが心配でそれほど感じない。バッテリーとSDカードを取り出し、洗面所でフタとUSBの口を軽く流す。たぶんそこだけチョロりと水がかかっただけと信じたい。ティッシュペーパーをつけて下を向けておけばなんとかなると高をくくり、また海に戻る。それでも海にいる間もカメラのことが気になって集中出来ない。といいながらも2時間以上は入ってたが…。クルマに戻ってカメラをチェックするとレンズの手前の保護ガラスの内側に水のようなものが見える。中まで来てるじゃん。カメラを躊躇せず、水タンクに沈めた。ポコポコと出てくる小さな泡がなんとも悲しい。人生初の水没である。昔カメラを海に落としたら真水で洗ってビニール袋に入れたままサービスステーションへ。とカメラのハウトゥ本に書いてあった気がする。(デジカメもそうだろうか?)それにしても今日は12月28日仕事納め。営業開始は来年の6日からだそうだ。10日も水に漬けていたら別の問題が起きそうだ。それなら塩が取れたかどうか確かめようがないが一晩水にさらしてシリカゲルで乾燥させることにする。これは水没したスマホの復活法だそうだが、年明けにサービースステーションに持ち込んで完全復活を祈るのみなのです。
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雪をまとった富士山。丹沢あたりも白かった。山に行った方がいいんじゃない?

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なかなかいい引き!大物釣り上げてた。

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いつの日かこんなふうに波に乗りたいものです。

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河口の堤防の突端からドロップ。子供の発想。アウトに出るの楽そうで真似しようかと一瞬思ったけどそこまで若くない。

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ボウルでよく洗います。金魚すくいじゃないよ。何でも興味をしめす子猫。

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データは無事。最後のカットはロバート・キャパのノルマンディー上陸作戦の時の『ちょっとピンぼけ』を彷彿させる?
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# by yoshirohigai | 2016-12-30 00:50 | その他
2016年 09月 16日

THE FOURTH PHASE

トラビス・ライスのTHE FOURTH PHASEは予想に違わない衝撃をもった大作で名作だ。
ヒルズの試写会場に集まったスノー系のライダー、メーカー、メディア等の
関係者は数百人に及んだ。
この映画を観た人たちはそれぞれさまざまな感想をもったことだろう。
トラビスのインタビューはもちろんだが日本のスノー業界人が
どう思ったのかを聞いてみたいと感じる。
予算、ライダー、スケール…
やっぱりアメリカ本国はすごいね。自分たちとは別の世界だと思うのだろうか?
むしろこのムービーに純粋に引き込まれるのはスノーボードをやらないひとたちかもしれない。
多くのスノーボーダーが彼のようなことをやりたいとは思っていないのは周知の事実だ。
20数年前にアラスカを訪れたときに、これからゴールドラッシュが起きると
思ったが、実際にアラスカを目指した日本人は両手両足で数えられるほどであるのだから
とは言え、ロケーションは日本の白馬が大きく取り上げられ、美谷島慎も
しっかりと紹介されている。日本にはいろいろな意味で潜在能力があると教えてくれるのはいつも海外からだ。

トラビスという特別な主人公をたてなければ、この映画はなりたたない。
カメラの前でシリアスな表情を平気で出来るアメリカ人的なやり過ぎ感はあるが演出感はない。

行動力とは何かということを考えさせられる。何が彼をここまでやらせ、モチベーションを
駆り立てるのだろう?
ライディング、水の飛沫や空を舞う雪を微細に切り取った映像クリップの数々は映像機材の進化だけでは語れない、ライダーの培ってきたスキル、撮影クルーの忍耐力、ロケーション、天候、それらを見えないところで支えた数多くの人々があってこそ、残ったものなのである。
地球の70パーセントを覆っている水をテーマとしている。この地球というフィールドで文字通り体を張って遊んでいる。その純粋さとひたむきさが何より素晴らしい。

予算があれば映画が出来るのではない。思いがあれば予算が集まるのだ。

映画を見終わり、興奮冷めやらぬなか、一時間ほど歩いた。渋谷の繁華街を抜けるパワーが無くなっていたので、ようやく電車に乗ると週刊誌の吊り広告が目に入ってくる。スケープゴートの
いじめ社会が目に入ってくる。あー日本はローマ時代にコロッセムでライオンの餌食を大観衆に
観せて、日頃の鬱憤を晴らさせようとしたのと同じことをやっているんだな。
スノーボードに出会えてよかったな。
みんな命がけで遊んで、表現している。
かけがえのないメッセージをありがとう。
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# by yoshirohigai | 2016-09-16 13:02 | その他
2016年 08月 09日

knee slide

インスタグラムに35年前に撮られたスティーブ・キャバレロ、マイク・マッギル、トニー・ホークの三人が現在同じポーズでセッションのあとに撮影した写真がアップされている。
パウエル・ペラルタの洗礼を受けた自分としては様々な意味でずっしりとくる投稿だった。
スケートボードにニースライドという動作がある。
おもにバーチカルで滑りをミスしたときにランページのアール面に合わせて
正座のような姿勢をとりニーパッドのプラスチックをスライドさせて滑り降り
ショックを吸収する技と呼んでもいい。
彼らはバーチカルから飛び出し空高く舞い上がったもののバランスを崩して頭真っ逆さまであわや大惨事!なんて見えても、猫のように身を翻し、膝で滑り台をするが如く、何事なかったように生還するのである。
思えば彼ら三人はバーチカルライダーでニースライドによって膝腰のショックを軽減してスケート生命を長らえてきたとも言える。
今のスケートシーンではパッドをつけていることは少なくなってきている。命がけの失敗の衝撃を吸収するのは彼ら自身なのだ。

スケートボードに限らず何かに激しく挑戦したときにニースライドのような
ものがあってもいいと思う。
4年後を目指そうが、選ばれようとそうでなくても
その後の人生が決定されるものではない。
過大に期待を膨らませることも攻撃する必要もない。
選択肢が増えたことはいい。



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篠省光 1985年清瀬。当時からレクターのカップはニースライドの摩耗を考慮してベルクロで脱着可能であった。写真ではスミスのカップもついている。
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# by yoshirohigai | 2016-08-09 13:34 | その他
2016年 04月 23日

マグナム

報道写真はビンテージではない。
世界のどこかで起こった重要な出来事をリアルタイムに人々に伝える
メディアである。
“マグナム・ファースト日本展”が始まった。
マグナムという報道写真家集団が1955年に
初めて行ったグループ展である。行方がわからなくなっていたそのときのプリントが発見され、
60年ぶりに陽の目を浴びるというから
ちょっとしたニュースだ。
ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ・ブレッソン、エルンスト・ハース…
僕が写真を始めた頃の70年代後半にあっても彼らはスターであった。キャパの「ちょっとピンボケ」を読み、ブレッソンの「決定的瞬間」に憧れた。高校の頃、何度も読んだ重森 弘淹の「世界の写真家」が報道よりだったことも大きく影響しているだろう。
写真というものが国やメーカーのプロパガンダとして利用されるのはその始まりから写真が背負った重い十字架である。スターに祭り上げられメディアに利用されることに対して、彼らは彼らなりに自分たちの信じる写真を守るためにマグナムを結成したのではないだろうか。
報道写真が成り立つための三つの要素を挙げれば、カメラマン、被写体、そしてそれを見る人であろう。写真を見るときにはそこに込められた真のメッセージを読み取ることが求められる。
 マグナムはブランドである。今見るべきものは60年前の彼らの写真より
現在進行形の報道写真である。しかしながら、彼らが情熱をもって捉えた60年前のオリジナルプリントが語りかけてくるものこそが、写真の持っている力なのではないかと感じた。


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# by yoshirohigai | 2016-04-23 10:34 | その他