カメラを写真に



 念願の一眼レフを手にして、僕はついに写真を撮り出した。
中学の遠足や運動会には当然持っていったし、何もない日も持っていった。
担任の体育教師は黙認していたかにみえていたのだが、あるとき突然、「カメラなんか持ってきて生意気だ!」と言ったので本当は快くは思っていなかったのだ。カメラにも僕に対してもだ。その教師は自分が顧問をしている部活の生徒とその他大勢にとる態度が明らかに違っていた。生徒はそういうことに敏感に反応する。あれから30年以上が経ってもなお、すっきりとしないものが残っているのだから、自分は結構執念深いものをもっているのかもしれない。もちろん、中学生が高価な一眼レフカメラを持っていることを揶揄する発言には、はっきりと「このカメラは自分で買ったものですから先生に生意気とか言われる筋合いはありません。」と言い返した。今思えば相当に生意気なヤツである。
 写真に話を戻そう。しだいに日々の記録だけでは、飽き足らなくなり何かを撮りたいと思うようになった。なぜそうなったかは覚えていないのだけど、飛行機を撮ってみようということになった。飛行機が好きだから写真を撮るじゃなくてカメラがあるから飛行機を撮るという、またもやあべこべ形式だ。モノレールに乗って羽田空港に行った。どんよりとした天気のなか展望台でしばらく離着陸する旅客機を撮った。そのころはZUIKO200mm F4も持っていた。フィルムはたぶんネオパン400だったと思う。ベースがやけに紫色をしていた。しばらくは金網越しに飛行機を覗いていたが、こんな場所でいくら撮ってもだめだ。距離も足りないし、なにか別の場所に行く必要があると気がついた。
 写真を趣味として、数年が経っていたので、フィルムは100フィートの長尺を購入して量販店の段ボール箱に山盛りで置いてあったリユースのパトローネに自分で詰めていた。当然フィルム現像も引伸しも自分でやるようになっていた。本格的である。かなり生意気なヤツである。そのての情報は月刊カメラマンや高校で入部した写真部の友人から入ってきた。その頃は体育会でない運動不足な自分にコンプレックスをもっていた。それがいい年になっても、雪山に行ったり、スケートパークに通ったりするようになるとは思わなかった。
 そこの写真部はちょっとばかり変わったところだった。新入生は、まず、隣の中学校の校庭に向かって発声練習をして、そのあとは木のパネルをピカピカになるまでサンドペーパーをかけるというのが日課だった。その変なところが好きだったのだけど、2年になると、ただ部室の椅子に座って何もすることが無いという日常が耐えられなくなり、すぐに退部した。それでも写真部では大きな収穫があった。全紙の引伸しとパネル貼りを覚えることが出来たことだ。写真を専攻する大学ではなぜか大伸しも、パネルの貼り方も教えてはくれなかったのだが、その技はいまでも役に立っている。
 写真部はやめたが写真に対する情熱は、飛行機とともに、さらに燃え上がっていった… 
(つづく)

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1982年元旦。昭和島にて。
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by yoshirohigai | 2014-05-14 22:28 | 写真メモ

写真家 樋貝吉郎(ヒガイヨシロウ)が日々の暮らしや3板「スノーボード、スケートボード、超たまにスノースケート」をはじめバックカントリーのことを気ままに綴るフォト&コラム 。樋貝から最新のメッセージ「この滑りを何が何でも記録して欲しい! という撮影を希望するひとの連絡をおまちしてます」。お問い合わせ先 http://studiofishi.com


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